未曾有の世界的な危機に、普通の風邪をひいて寝込みつつ思ったこと②

雑多記事エッセイ

少しご無沙汰をしておりました。

風邪がなかなか治らないんですよね。仕事をしているときは気が張っているのかシャキッとしてるんですけど、家に帰ったときや休みの日はぐでってなってしまいます。

未だ収束の気配すら見られない新型コロナウイルス。私の方は幸いなことに罹患していないようですけど、皆さまの方はいかがでしょうか? いかがでしょうか、って聞き方も変なのですけどね。

そんな危機的状況において色々考えたことを前回記事にしました。

上記記事では「人生で初めて将来に対する不安を感じた」ことと「世間で対立が深まっている」というお話をしました。

今回はネット上でも議論が始まっている「アフターコロナ」について、私なりに考えたことを書きたいと思います。

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「アフターコロナ」は収束後ではない?

まず最初にアフターコロナという言葉について。

ネット上に記載されている記事を眺めていると「アフターコロナ」という言葉について、ふたつの捉え方があるように感じられました。

ひとつめは「コロナウイルスの被害が収束したとき」という意味合い。「経済の回復には○年ほどかかりそう」とか「オリンピックの来年開催は現実的か?」みたいな話で「コロナ以前の生活を取り戻した」という前提で話が進めれられています。

これ自体は決して間違いであるとは言い切れないのですが、私はそこまで楽観的には捉えられませんでした。例え新型コロナウイルス(COVID-19)の拡散が抑えられ、治療薬やワクチンの開発が成功したとしても「第2、第3のコロナウイルス」が出てこないという可能性はありません。

もしかするとCOVID-19よりも拡散性の高い、致死率の高いウイルスが発現する可能性だってあるわけですから。

ですので私はもうひとつの意味合い「人類がコロナウイルスというものを知った後の世界」という意味合いで、この記事を書いていきたいと思います。

もちろん過去にも天然痘やペスト、スペイン風邪、SARSなど様々なものがあり、今回と同じかそれ以上に危機的な状況に陥ってきました。ただ近年においてここまで世界的に蔓延し、多くの死者を出し、経済活動にまで影響を与えたウイルスは他になかったのではないでしょうか?

私は後々振り返ったときに「あぁ、あのときが大きな転換点だったな」と思い出せるのが、去年年末からの期間なのではないかと思うんですよね。

だから「アフターコロナ」という言葉には、例えば「第二次世界大戦後」とか「第二次産業革命後」みたいな世の中がガラッと大きく変わる転換点という意味合いがあるわけです。

元の経済活動には戻れない!?

まず前回の記事で私が書いたように「今後の不安」を感じた方は結構多いのではないでしょうか?

非正規雇用の方、独立している方などにとっては「生活資金が絶たれる恐怖」というのは、かなりインパクトのあることですよね。

かつてバブル崩壊によって銀行が「貸し渋り・貸し剥がし」を行った結果、多くの企業が銀行融資の一本足にならない経済基盤を整えようとしてきました。今回はそれが個人にまで波及した感じで、今後はより「何かあったときのために貯めておこう」という思考になった方が多くなるのではないでしょうか。

経済はお金が回ることで成り立っています。個人にしろ企業にしろ団体にしろ、どこかにお金が滞留すれば景気の悪化を招きかねません。そういう意味で、元通りとなるのには相当な時間がかかりそうな気がします(みんなが今回の件をすっかり忘れてしまうまで)。

また、今後COVID-19が過去の病気になったとしても「また元のような生活に」というわけにはいかないと私は思っています。その代表的なものがいわゆる「三密」になること。つまり「多くの人が集まりごった返す場所」が避けられるようになるのではないかと思います。

音楽ライブ、映画館、デパート・スーパー(総合複合施設)、観光地などなど。収束後になくなってしまう、ということはないとも思いますが、以前のように「大量に人を集めることによって成り立っている産業」というのは、今後どんどん苦しくなっていくのではないでしょうか。

そうなるとただ単に経済の縮小を招くことになってしまいます。私は代わりになる経済活動≒サービス・商品が生まれる(育つ)機会なのだと感じています。

今の若い方は信じられないと思いますが、私が学生の頃には携帯電話がありませんでした。スマホではなくガラケーすらなかったんですよ。

つまり当時の人は「携帯代金」というものを1円も払っていなかったんですよね。

でも今は少なくても数千円、多い人だと1万円以上も携帯代に消費していますよね。またもう少し広義に言えば家に引いているネット回線なんかの料金も入れると、その倍ほどの金額を昔の人よりも多く払っています。

ただそれはみんなが一斉に「よし携帯を買うぞ」と買い始めたわけじゃなくて、10人いたら1人が持ち、2人が持ちというふうに増えていって、だんだん「携帯って便利そう」になって、それが5人、8人となっていくに従って「携帯はないと不便」や「携帯ないと話にならない」というふうに変化していったわけです。

そう考えると、今「不要だよね」と思われているサービスや商品であっても、今後は「ないことなんて考えられない」ということになる可能性は大いにあるわけです。

私はその筆頭に「買い物代行」があると思っています。Amazonなどのネット通販でもかまいません。要は「わざわざ人混みに行って病気をもらう心配をするくらいなら、お金を払ってでも誰かに買ってきてもらった方がいいよ」という人が増えてくるということです。

現在でもUber Eatsなどの代行サービスはありますが、これらが他の業種(例えばスーパーやドラッグストア、ホームセンター)などにサービスを拡大していけば、いずれ新しい定着したサービスに育つ可能性は高いのではないでしょうか。

全てはネットに?

最近ちょっと問題があって微妙な感じになっていますが「Zoom飲み会」のようなものも今後は需要があるのかもしれません。

ただモニター画面だけというのは、やはりそのうち飽きそうだなとも思ったりします。アニメや小説のようにVRやARが本格的に普及すれば、オンラインでの集まりみたいなのも本格的になるのかなと。

テレワークなども随分騒がれていますが、どうなのでしょう? 個人的に地方にいるとあまりテレワークで済む仕事自体が少なくてやっている人が少ないという印象ですけどね。この辺りはそのそも社会の構造からの話になるので「今やっている仕事をオンラインでやって」というのは無理筋なのしょう。

オンライン前提での社会構築が必要になってきそうですね。そのあたりは少し話が長くなりそうので(かつ、私の頭も限界っぽいので)この辺で今日は終わりにしたいと思います。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

皆様もお身体には十分お気をつけ下さいね。

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