F1 オーストリアGPでRed Bull RacingのM・フェルスタッペンが優勝! HONDA PUとしては13年ぶり
もうニュースで色々取り上げられているのでご存知の方も多いと思いますが、6月30日に行われたオーストリアGPにて、RedBull Racingのマックス・フェルスタッペン選手が今季初優勝し、HONDAのPU(パワーユニット)としては13年ぶりの優勝となりました。
F1の専門的な解説などは、専門Webサイト・雑誌が詳しいと思いますし、F1ファンの方に今更私から何かをお伝えできることはほとんどありません(ここは小説関連のウェブサイトですしね!)。
そこで本記事は「F1には少しだけ興味があるけれど、あんまり詳しくないんだよね」という方に、このオーストリアGPがどれだけ凄いレースだったのかを、解説してみたいと思います。
少し長くなるかもしれませんが、興味がある方はぜひご覧下さい。
HONDA F1 第4期 5年目にして手にした栄冠

まず最初に語るべきはHONDAについてです。
HONDAとF1の関わりは1964年の第1期F1参戦からになります。
HONDA F1 第一期
当時のHONDAは2輪ではマン島TTレースを制するなど、世界的にも認められ始めたメーカーになりつつありましたが、4輪では国内でようやく生産を始めたばかりでした(前年の1963年に初の自動車T360、S500を発売したばかり)。
ちなみにおなじみの鈴鹿サーキットは、1962年にHONDAが作ったサーキットになります。
4輪メーカーとしてようやくよちよち歩きを始めたばかりでのF1参戦は驚きと共に「無謀だ」という声も多かったそうです(当然ながら、私が生まれる前のことですので本で読んだ知識です)。
当時の参戦形態はシャシやエンジンなど全てを全て自前で作ったもので「RA271」と名付けられました。
参戦の翌年、1965年の最終戦であるメキシコGPにてリッチー・ギンサーの駆る「RA272」は、F1初優勝を飾ります。
とは言え、F1の世界はそれほど甘いものではありませんでした。
1966年は優勝できず、2勝目は翌年の1967年、モンツァでのジョン・サーティースによるRA300での1勝のみとなります。
そして1968年を最後に、HONDAはF1を去ります。
それはアメリカで施行された、いわゆる「マスキー法」の影響でした。
マスキー法とはアメリカの上院議員エドムンド・マスキーによって1963年に提出された法律で、正式には「大気浄化法」と言います。
今では信じられないかもしれませんが、当時は自動車の排気ガスによる大気汚染が深刻化していたんですよね(と言っても、これも私が生まれる前の話ですが)。
最近では中国で同様のニュースが聞かれたりしますが、あんな感じです(あそこまで激しくはないと思いますけど)。
マスキー法は何度か改正されており、特に1970年に提出された改正法は苛烈なもので
・1975年以降に製造する自動車の排気ガス中の一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)の排出量を1970-1971年型の1/10以下にする
・1976年以降に製造する自動車の排気ガス中の窒素酸化物(NOx)を1970-1071年型の1/10以下にする
Wikipedia「マスキー法」より引用
という、世界で最も厳しい排気ガス規制でした。
世界中の自動車メーカーからは「不可能だ」という声が上がりましたが、HONDAは資源をこれに集中することで、1972年に発売したシビックに搭載されたCVCCエンジンでクリアしました。
このCVCCエンジンの開発の成功には面白いエピソードがありまして、このエンジンの技術を見て本田宗一郎は「これで売上が上がる」と喜んだそうですが、社員から「環境のために開発したのであって、会社の売上のためではない」と反発され猛省したそうです。
今だとなかなか言えないですよね、そんなこと(笑)。
HONDA F1 第二期
話をF1に戻しましょう。
CVCCにて環境への対策が一段落したHONDAは、1983年にF1に復帰します。
第1期とは違い、今度はサプライヤーとしてエンジンのみの供給での参戦です。
参戦の翌々1985年にケケ・ロズベルグのウィリアムズHONDAが復帰後初優勝を飾ります。
1986年にはウィリアムズHONDAがコンストラクターズタイトルを獲得。
※F1はドライバーのポイントを争う「ドライバーズタイトル」がメインですが、別にチームの合計ポイントを争うものもあり、これをコンストラクターズタイトルと呼びます。
この辺りから、HONDAはF1最強エンジンへと駆け上っていきます。
翌1987年にはウィリアムズに加えてロータスにもエンジンを供給。
ドライバーズランキングで1位から3位を独占(ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセル、アイルトン・セナ)。もちろんコンストラクターズタイトルもウィリアムズHONDAが獲得しました(ロータスHONDAは3位)。
中嶋悟が参戦したのもこの年ですよね。
そして第2期の最大のシーズンとなる1988年を迎えます。
ターボエンジン最後となったこの年。V6ターボエンジン「RA168E」は、名実ともにF1最強エンジンとなります。
エンジンの供給先がウィリアムズからマクラーレンに変わり、ドライバーもアラン・プロストとアイルトン・セナという二枚看板を擁してF1を席巻します。
F1全16戦中、セナが8勝プロストが7勝し、計15勝を飾ります。
私自身、ちょうどこの頃からF1を見始めたのですが、本当に「圧倒的に強い」という感じでした。
フェラーリファンの友達が「F1がつまらない」とこぼしていたのを思い出します(笑)。
1989年からターボエンジンが廃止され自然吸気エンジンになってからも、HONDAエンジンの強さは続きます。
1989年はドライバーズ・コンストラクターズタイトルを獲得(アラン・プロスト/マクラーレン)。
1990年もドライバーズ・コンストラクターズタイトルを獲得(アイルトン・セナ/マクラーレン)。
ところが1991年辺りから、少し様子が変わってきます。
1991年は前年と同じくアイルトン・セナがドライバーズタイトルを、マクラーレンHONDAがコンストラクターズタイトルを獲得したのですが、それまでの圧倒的な強さは見られず、二位のウィリアムズ・ルノーを駆るナイジェル・マンセルに肉薄されるようになります。
そしてついてに1992年にはマンセルとウィリアムズに両タイトルを奪われてしまいます(マンセルがDタイトル1位、2位は同チームのR・パトレーゼ。3位にはベネトンフォードのミハエル・シューマッハとなり、マクラーレンHONDAのセナは4位)。
HONDAエンジンの低迷の理由は諸説あるかと思いますが、大きな原因としては「自然吸気エンジンになり、かつてのように圧倒的なパワー差が付けられなくなった」のが大きなものではないかと思っています。
同時に「エンジンパワーだけで勝てる時代の終焉」でもあったのではないでしょうか。
そしてこの年を最後に、HONDAの第二期F1活動は終わりを告げます。
HONDA F1 第三期
1993年から1999年の休止期間を経て、2000年にHONDAはF1へと帰ってきます。
BARというチームにエンジンを供給することで始まった第三期は、2005年にBARをHONDAが買収。
第一期同様にコンストラクターズとしてF1に関わります。
この2000年の復帰から2005年辺りまでは、かのミハエル・シューマッハとフェラーリの黄金期でした。
正確には2000年から2004年にシューマッハが5連覇を達成。翌2005にはルノーのフェルナンド・アロンソが初めてのドライバーズタイトルを獲得。
2006年のハンガリーGPで、雨の混乱などを制したジェイソン・バトンが自身としても初優勝を飾ります。
ですがこれが最初で最後の1勝となり、翌2007年を最後に再びHONDAはF1から撤退します。
第三期F1参戦は「HONDAのコントストラクターとしての参戦」「トヨタの参戦」「佐藤琢磨など日本人ドライバーの参戦」など、日本としては多くのトピックがあった期間ではあったのですが、どれもF1の頂点を極めることができず国内での盛り上がりも今ひとつだったと思われます。
第二期の項でも書きましたが、エンジンで圧倒的な強さを見せられる時代ではなくなったこと、またエンジンだけでなくシャシー、ドライバーなど全ての要素が複雑に絡み合うようになったことが、第三期の参戦時の難しさだったのではないでしょうか。
HONDA F1 第四期
2009年から2014年の再びの休止期間の後、2015年からHONDAはF1にカムバックします。
前年からF1は内燃機関だけのエンジンの時代から、ハイブリッド型のパワーユニット(PU)へと変化していました。
1年遅れでの参戦となりましたが、HONDAが復帰する際に選んだコンストラクターが「マクラーレン」ということもあり、往年の「16戦15勝」を知っている人たちは「あのときをもう一度」と思ったことだと思います。
当然世界中から注目が集まったわけですが、蓋を開けてみると全く歯が立たない状態でした。
コンストラクターズタイトルでは10チーム中9位と低迷し、ドライバーのフェルナンド・アロンソから(依りにもよってHONDAのホームである日本GPで)「GP2エンジンだ!」と酷評されてしまう有様でした。
※GP2とは当時のF1の下位カテゴリ。つまり「F1のエンジンではない」と言うこと。
翌年の2016年はコンストラクターズタイトル6位、2017年も9位と低迷します。
もちろんこれは前述したように「PUだけで勝てる時代ではなくなったこと」に加え「新PUレギュレーション下での参戦が1年遅れになってしまったこと」が理由として挙げられると思います。
しかしパートナーであるはずのマクラーレンや、そのドライバーであるアロンソからの執拗な「HONDAへの攻撃」により、HONDAのブランドイメージは大きく毀損してしまいました。
Amazonプライム・ビデオで今でも観ることができる「グランプリドライバー」という作品は、マクラーレン視点で作られており、作品の随所にHONDA批判が練り込まれています。
結局マクラーレンへのPU供給は2017年に終了し、2018年からレッドブルの姉妹チームである「トロ・ロッソ」に変更になります。
※トロ・ロッソとはイタリア語で「赤い牛」を意味し、つまりはレッドブルということです。
このトロ・ロッソへのPU供給開始が、HONDAにとっては良い方向へと繋がっていき、結果としてはコンストラクターズタイトルは9位と低迷しましたが、ドライバーのピエール・ガスリーが第二戦バーレーンで4位入賞するなど、これまでとは違うという空気が感じられるようになったと思います。
そしてトロ・ロッソの親チームであるレッドブルは、2018年までルノーのPUを使っていました。
しかしこの両者の関係が悪化しており、レッドブルはトロ・ロッソのデータを確認して「HONDA PUへの変更」を決意します。
2014年から導入されたPU時代ではメルセデスが圧倒的な強さを見せ、2018年まで5連覇を達成していました。
近年のF1はある程度の周期で「強いコンストラクター」が存在しており、かつてのマクラーレンHONDAから始まり、ウィリアムズ・ルノー、シューマッハ時代のフェラーリ、セバスチャン・ベッテルを擁したレッドブルが数年単位で連覇を続けています。
そして2019年。
HONDAはトロ・ロッソに加えレッドブルへもPUの供給を開始し、久々の2チーム体制になりました。
オフシーズンのテストでは「今年はフェラーリが良さそうだ」とか「レッドブルHONDAもなかなか競争力がありそう」という評判でしたが、蓋を開けてみると再びメルセデス・イヤー。
開幕戦から第5戦のスペインGPまで、メルセデスのルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスの1-2が続くという、むしろ前年よりもメルセデスな1年になりそうでした。
レッドブルのドライバー、マックス・フェルスタッペンは、開幕戦オーストラリアGPとスペインGPで3位表彰台に登るもそれ以外では4位入賞が続き「メルセデス1強に、フェラーリが続く。レッドブルは第3のチーム」という雰囲気になっていました。
開幕当初はレッドブル陣営も「まだまだこれから」という感じでしたが、カナダGPを終えた辺りから空気が変わってきます。
ドライバーたちから「モアパワー」という声が聞こえるようになってきました。
「HONDA PUは壊れないが、もう少しパワーが必要だ」
あくまでも噂ですが、フェルスタッペンはレッドブルとの契約にある「パフォーマンス条項」により、早期に勝てないのであれば他チームとの交渉も辞さないと言い出したと言われています。
※パフォーマンス条項とは「一定の成果を挙げられるマシンを用意できない場合、他チームへの移籍を始める権利を持つ」というもの。
PUの性能差が縮まると言われている低中速サーキットではレッドブルは好調で、逆に中高速サーキットでは特に直線区間などで他PUを積んだチームに遅れを取るなど、HONDA PUへの風当たりが再び強くなってきます。
そんな中迎えたオーストリアGP。
オーストリアGPの行われるサーキットは「レッドブルリンク」。
チームのレッドブルを所有している飲料水メーカー「レッドブル」のお膝元です。
昨年ルノーPUでフェルスタッペンが優勝しているレッドブルとしては、ここは落とせないサーキットです。
HONDA PU搭載の1年目ということを考えると、優勝はともかくみっともない戦いだけは絶対にできません。
予選ではフェルスタッペンが3位につけるなど、決勝での活躍に一縷の望みをつなぎます(2位のハミルトンにペナルティが課され、結果的にフェルスタッペンが2位へ浮上)。
そして運命の決勝。
続きはぜひDAZNでご覧下さい!
と言うのは半分冗談で半分本気です。
恐らくこのオーストリアGPは、何年も語られるべき1戦になったと思うからです。
例え結果を知っていても、観るべきだと思います。
1週間くらいは見逃し配信されていますので、記事執筆時ではまだ観ることが可能です。
1ヶ月無料トライアルもありますし。
もしこの記事を見たのがそれよりも遅い場合、また無料トライアルも面倒だという方のために、F1公式がYOUTUBEに上げていた動画を貼っておきます。
実況が英語なのとダイジェスト版なので、個人的にはフル版を見て欲しいなぁとは思いますが、まぁこれでも十分な方もいるかもしれません。
という感じで「今年は特につまらないかも」と思っていたF1が、俄然面白くなったわけです。
この後、レッドブルHONDAが急に覚醒して連戦連勝……とはならないとは思いますが、それでも前半戦とは少し違う展開が待っている気もしますよね。
今回は思わず熱くなって、長々と書いてしまいました。
ついでにもうちょっとだけHONDAについて、今回のレースについて思うところを触れてみたいと思います。
蛇足なので次ページへ移動します。
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