「書きたいのに書けない!」小説を書きたいのに、ついついネットやゲームに現実逃避してしまうときの対処方法

2018年8月20日小説講座小説執筆

こんばんは、しろもじです。

「あー、小説書きたーい! でも……ちょっとだけ……」

と、スマホやゲーム、ネットに手を伸ばし、気がついたら「あれ……もうこんな時間。明日から本気出す」。

そんな経験ありませんか?

本記事は「やりたいことのはずなのに、なぜか気が散って違うことばかりしてしまう」という方に向けたものです。

 

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集中力、自制心が足りないのか?

「小説を書きたいのに、つい他のことばかりしてしまう」というときに、つい自分を「なんて集中力のない人間なんだ」とか「私は本当に自制心がない」と責めてしまいがちです。

本当にそうでしょうか?

 

そもそも人間というのは、そこまで集中力が続かない生き物です。

毎日、学校に行っている間は勉強だけのことを考え、職場にいるときは仕事のことだけに集中している……そんな人は滅多にいません。

人によって違いはあると思いますが、おおよそ30分から1時間程度しか、集中して物事を行うことはできません。

もちろん、何時間も没頭してしまうという場合もありますが、その後ってドッと疲れますよね。

それは相当な無理をしているからです。

普通にしていると、それほど集中力が続くことはないわけです。

 

我々が、まだ言語や道具を持たず、木の上で生活していたころ、集中力を持つということはとても危険なことでした。

常に周りに気を配り、ご飯を食べながらでも、子供の世話をしながらでも、他の色々なことに目を向けないと、いつ外敵に襲われるか、危険が迫ってくるのか分かりませんでした。

だから本来、生き物というのは集中には向いていないわけです。

ある意味、人間のみが、その能力を獲得できたと言っても良いでしょう。

 

また、自制心。

これも同様です。

自制心とは、自分を制する。

つまり本能のままに行動するのではなく、あるルールに従って自分の行動を決めるということです。

これも集中力と同様にコントロールすることは大変難しいものです。

 

そもそもの話になりますが、これらをコントロールするということは、本当に必要なことなのでしょうか?

小説を書いている方のほとんどは「誰に言われたわけでもないし、強要されているわけでもない」わけです。

別に「謎の組織に捕まって『小説を書かないと命はないぞ』と脅されている』というわけではないですよね(笑)。

 

「自分でやりたいと思っていることのはずなのに、どうしても他のことばかり気になってしまう」

心がそうなっているときは、素直にそれに従った方がいい、と私は思います。

あなたがどの程度「小説を書く」ということを本気で思っているかによりますが「本当に良い小説を書いて、みんなに読んでもらいたい!」「ヒットする小説を書いて、お金を稼ぎたい!」と思っているのならば、きっとネットやゲームを捨てて、小説を書けるようになると思います。

小説よりもネットやゲーム、アニメが優先されてしまうわけは「本気になっていない」からです。

このことは、以前「小説に集中したいという人がポメラを買うべきでない3つの理由」という記事でも書きました。

 

仕事でも勉強でもそうなのですが、結局の所「本人が本気になっていないと、何事もできない」わけです。

「学校に行かないと親や教師に怒られるから」

「授業に出ないと出席日数が足りなくて落第するから」

「会社に行かないと、お給料が貰えないから」

「仕事をクビになったら困るから」

そんな状態で、学校で良い成績が上げられるわけも、職場で良い仕事ができるわけもありません。

 

結局のところ「本当に小説が書きたいのか?」「どうして書きたいのか?」を真剣に自分に問いかけるしかありません。

そして書きたい理由を見つけたら、それを本気で信じましょう。

始めはバカバカしく思えるかもしれません。

自分に問いかけても「よく分からなーい」と答えが返ってくるかもしれません。

 

「いや、そんなに好きじゃなかったわ」という結論に達した方は……何か他の本気になることが見つかりますように、と祈るしかありません。

あくまでも私の場合ですが

「本当に小説書きたいの?」「うーん、書きたいのは書きたいんだけど……」

「なんで書きたいの?」「自分が面白いと思った話を、皆にも読んで欲しいから」

「じゃ、なんでやらないの?」「よく分からない。仕事も忙しいし、プライベートの時間も少ないから」

「それじゃ、小説書くってこと止めたら?」「それは嫌だよ」

「一生小説は書かない?」「いや、書くよ」

「いつ書くの?」「今でしょ!」

みたいな感じでした(笑)。

 

「いつかやる」を「今やらないのなら、もう止めたら?」と自分に問いかけることで「止めたくないから、今やる」となったわけですね。

だから「ポメラはネットに繋がらないから集中できる」とか「環境を整えないと集中できない」とか、そういうのは違うと思うんですよ。

それはあくまでも上辺。

あってもいいけど、必須じゃない。

問題の一角を表しているけど、本質じゃない。

そんな感じです。

 

ですので、そういう考え方で「本当に自分がしたいのか?」をまず考えて「本当にしたいんだ」という結論に達する、というのがまず大前提です。

その上で、私がやって効果のあったことをいくつかご紹介します。

時間割をつくる

「なんとなくできない」というのを言い換えると「できたらやる」ということになります。

この「できたらやる」というのは、間違ってはいないのですが、如何せん忙しい現代人。

勉強に仕事に疲れてしまうと、なかなかそうも行かないのも事実です。

そこで、時間割を作りましょう。

 

「スケジュールを立てる」と言うと、緻密な計画を立てる方が多いかと思います。

「会社から帰って来るのが19時だから、19:30までにご飯を食べて、20:00まではお風呂。20:30までに家事を済ませて、21:00まではウォーキング。21:00からは……」

なんて、計画を立ててしまいがちです。

そして、それはほとんど上手くいきません

やれても1週間程度だと思います。

何故でしょう?

 

それは「生活していれば、絶対にイレギュラーなことが起こるから」です。

退社しようと思ったら、上司から追加の仕事を命じられた。

学校から帰ろうと思ったら、友達に「遊びに行こう」と誘われた。

家族から「これ買ってきて」と頼まれた。

そんなことはよくあることです。

 

緻密な計画を立てていると、これらのイレギュラーな出来事に対応できなくなってしまいます。

そう言った出来事に不満を覚えたり、フラストレーションになることもあるでしょう。

そして「こんなの無理!」となってしまうわけです。

 

そこで「ゆるいスケジュール」を立てるという方が良いことに気づきます。

「22:00から0:00の間、1時間だけ小説を書く」

「休みの日。午前中1時間、午後1時間小説を書く」

「1週間で5話分、小説を書く」

どんなのでも良いと思います。

色々やって、自分に合うものを見つけると良いと思います。

 

ひとつだけ気をつけたいのは「これは緩すぎるだろ〜」というくらいにしておくこと。

この計画は「絶対にやる」というものでなくてはいけません。

どんな状況でも(自分や家族の病気など、深刻なイレギュラーを除く)やる、やれる、というくらいでないと元の木阿弥です。

ちなみに私は「一日30分は小説に手を付ける」というものにしています。

書けない日もありますが、小説に向き合うのが30分。これは必ずやるようにしています。

5分だけ手を付ける

「まず5分だけ」

そう思いながら、PCに向かいましょう。

「ちょっとだけ手を付けてみよう」そんな感じでOKです。

上記の「30分やる」という場合でも、手をつけるときは「5分だけ」と思うと良いでしょう。

 

1文だけ書いてみましょう。

そうすると結構スルスルっと進むことがあります。

仕事でも「行きたくないでござる」と思いながらも、とりあえず会社に行くと「なんだかんだで仕事してる」ってことあるでしょ?

それと同じです。

とりあえず手を付けてみる。

それで勢いがつくことは結構多かったりします。

時間を超過しないくせをつける

「なんとなくやる気がでない」ときとは逆に「やるとなったらとことんやる」ということがあります。

「なんだか今日は凄くやる気になっている。よーしやるぞ!」と思うことは良いことではあります。

が、あまりにやりすぎると、後日「あれだけやったんだから、今日はいいだろ」という思いに駆られてしまうこともあります。

 

コツは「毎日やること」です。

先程も言いましたが「毎日、無理のないだけやる」これが大切です。

毎日やるということには「習慣化できる」ことや「スキルの上達に適している」という利点があります。

この習慣化というのはとても大切です。

ブログも「毎日必ず書くのだ!」と思って更新しているうちは、毎日更新ができます。

でも「昨日4記事も書いたから、今日はいっか」と思ったら、きっとその翌日も「今日もいっか」と思い、気づいたら数日経っていた、なんてことはザラです(笑)。

 

小説も「ここまで書きたいんだけどなぁ」と思うくらいで止めておく方が、次の日も継続できたりします。

「キリが悪い」これが次の日のモチベーションになることもあるということですね。

バランスに気をつける

「よし、今日から本気出す。スマホゲームもやらないし、ネットも徘徊しない!」

決意を固めると、こんな思いになることもあります。

ですが、それは案外危険です。

人間は「今日からいきなり別人になる」ことはできません。

もしできるのなら、もうとっくに出来ているはずです。

 

だから、徐々に変わっていくというのがとても大切なんです。

ゲームもネットも適度に許しましょう。

その場合は上のように「時間を決める」ことで、やりすぎを回避できます。

 

私の場合。上に書いたように「30分は小説を書く、もしくは小説に関わる」ということをやっています。

ブログを書いたりする時間もあるのですが、こちらは特に決めていません。

ゲームは最近ほとんどやらないので、一番の誘惑はネットを見て回ることです。

そこで「22:00から22:30は、本気でネット徘徊をする」と決めています。

(同時刻帯に、小説投稿やブログ投稿がある場合は、ほとんど「予約投稿」です)

 

「つい気を取られること=ネット、SNS、ゲーム」を「この時間は絶対にやる。やらなきゃいけない」と決めると、徐々に「ま、やらなくてもいっか」となってきたりします。

これ本当に不思議なんですよね(笑)。

「この時間はゲームをしなくちゃいけない。必ずだ!」と思えば思うほど、段々やらなくなる。

人間って、そんな不思議な生き物なんだと、改めて理解できます。

「蛇足」あまりやらない方が良いこと

色々あるのですが「ご褒美システム」は推奨できません。

「ご褒美システム」とは「これをやったら、自分へのご褒美にこれが貰える、できる」というものです。

この方法は、やり始めでは非常に有効に働くので「これは良い!」と思いがちです。

 

ですが、長い目でみると「ご褒美がないと出来なくなる」ことに繋がります。

行動経済学で言うところの「アンダーマイニング効果」というやつですね。

「小説を皆に読んでもらいたい!」という動機が「小説を書いたら、ご褒美が貰える!」にすり替わってしまうわけです。

動機づけは意外と大切です。

「書いている小説がエタる」のも「ヒットした漫画家に休載が増える」のも、この動機づけのせいだと私は思っています。

「この部分だけ見て欲しい」という動機で小説を書き始めるから、それを書き切った途端にやる気を失ったり「ヒットして、お金持ちになりたい!」と思っていたからこそ、そうなった段階で「ちょっとくらい休んでも」となるわけです(ヒットの方は想像でしかないのですが)。

完結できない小説については、以前記事にしています。

できるだけ長続きする動機を持ちたいものです。

まとめ

結局のところ「人は本気になったら、必ずやれる」と、私は信じています。

「いや、本気だよ」と言う人でも、誘惑に負けるということは、心のどこかで本気になれきれていないということです。

 

本気になるためには、上に書いたように「自分に問う」という方法が一番効果があると思います。

バカバカしい、と思ってしまいますが、やっていると、段々できるようになります。

 

また「それをやれる時間は、どれほどあるのだろう?」ということを考えてみるのも良いでしょう。

例えば「1日1時間は、小説を書ける」のだとします。

1年間で365時間。

あなたが「小説を書き続けられる」のは、あと何年でしょうか?

若い方だと「そう言われても」と思うことでしょう。

20歳だと、何歳までキーボードと叩き続けられるでしょうか?

もしくは「小説を書く」ことをいつまで続けていられるでしょうか?

 

80歳で死ぬとして60年です。

60年×365時間=21,900時間

21,900時間÷24時間(1日)=912日÷365日(1年)=2.5年。

つまり、1日1時間小説を書いて、60年間続けたとしても、たった2.5年間分にしかなりません。

 

というのは、実は計算のおかしなところで、実は21,900時間というのは、時速3,000字書ける人なら65,700,000字書ける計算となり、10万字を1作とするのならば「657作」も作れる計算になってしまいます(笑)。

ですが、ここは考え方です。

「60年の内、たった2.5年しか小説に費やせない。半分になれば1年と3ヶ月。たったそれだけ」

と思えば、一日を疎かにもできないはずです。

 

人間なんていつ死ぬか分かりません。

明日死なない保証なんて、どこにもないわけです。

そして、私もあなたも(余程の医療的進歩がない限り)いつかは死にます。

どうせ死ぬのなら、今頑張る。

今日だけ頑張る。

昨日までの頑張りを無駄にしないために、今日も頑張る。

無理はしない。毎日少しづつでもやる。

肩肘を張る必要はありません。

出来ない自分を責め続ける必要もありません。

人間は急には変わりません。

ちょっとづつ、自分ができることの最小限をやり続ける。

それで十分だと、私は思います。

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