なぜ我々は、自分の書いた小説のPVやレビューを気にしてしまうのか?

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PVは「自分のコントロール外」

PVというのは「他の人が自分の創作物(小説、ブログ)に対して行う行為によって生じる結果」である、というのをまず認識しましょう。

つまり自分のコントロールできないものであるということです。

もちろん、Twitterで宣伝したり、投稿ペースを考えたりすることで上下することはあります。

しかしそれも含めても、自分以外の人が読まないことにはPVを増やすことはできないわけで、結局は同じことだと言えます。

私があなたの家に行って「ほら! マウスを握って! ここをクリックするんだ!」と強要するわけにはいきませんよね(笑)。

 

自分がコントロールできないことに、自分のモチベーションを置くことが適切かどうかは、考えてみればすぐに分かりますよね。

ここまで評価をPVとしてまとめてきましたが、ここで一度分けて考えてみると「PV」だけで言えばその内容の出来とはまったく相関関係はありません。

そもそも読まれないことにはPVは増えませんので、PVが増えないのはコンテンツの質の問題ではなく露出のさせ方、つまり小説ではタイトル・キャッチコピー・あらすじ・他の自作作品のファンの数などでに依るということです。

「評価」「コメント」「レビュー」等の場合は読まれたあとの感想ですから、コンテンツの質に関わってきます。

が、それすらも「読んだ人の感想」であり、その作品に対する絶対的な評価とは言えません。

 

ここで重要なのが「評価を無視しろ」というのはちょっと違うということです。

評価は他の人の意見ですから、それを額面通りに受け取る必要はありません。

しかし、耳を塞ぎ一切を聞き入れないというのであれば、これはこれで成長の芽を摘んでしまう可能性もあります。

大切なのは「自分の中で消化する」ということだと思います。

これについては長くなりそうなので、また別の機会に。

自分の外にモチベーションを置くという危険

話を戻します。

つまり「自分の外にモチベーションの元を置いてはいけない」ということを言いたいわけです。

PVは自分の外にあるものです。

自己評価の判断基準のひとつにはなるかもしれませんが、それが絶対的な基準ではないということですね。

 

自分が影響力を行使できないことに力を注ぐのは間違いではありませんが、それのみになってしまうと本末転倒なことになってしまいます。

例えば「タイトルやキャッチを工夫したり」「投稿時間を考えてみたり」「Twitterなどで宣伝してみたり」という行動は、自分でコントロールできる範囲になります。

あ、もちろん「コンテンツをより面白くするための工夫」は大前提ですけどね(ただそれが一番難しいという)。

 

自分ができることをきっちりやり、PVなど外部要因の大きなものは「参考程度」に考える。

そういう割り切りが必要なのではないかと思います。

そうすることで、PVに一喜一憂することなく、客観的な指数としてPVと付き合えるようになるのだと思います。

そしてあくまでも「自分がどうして小説やブログを書きたいのか?」ということの源泉を、いつまでも忘れないことも大切です。

まとめ

自分の創作したもののPVが増えなかったり、コメントが付かなかったり、評価が低かったり、星が1個しか付いていなかったり……そういうときは「やっぱり私の作品は駄目なんだ」と落ち込んでしまいます。

中にはそれすらもバネにしてより頑張れる方もいらっしゃいますが、普通の人はなかなかそうはいかないものです。

 

もし小説やブログを諦めても、他のやりがいのあることを見つけれれば、それはそれで良いことだと私は思います。

でも、後々になって「あぁ、やっぱり続けていればよかったなぁ」と後悔するかもしれません。

そのようにならないように、できるだけ長く創作活動を続けていくにはどうしたらいいのか?

そういうことを考えて本記事を作成しました。

 

毎回言っておりますが、この記事に書かれたことが答えとは限りません。

私とあなたは別の人ですし、考え方も違います。

それでも何か参考や、新しい考え方のヒントになれば幸いです。

どうか、鵜呑みにせず自分で考えてみて下さいね。

そして末永い創作活動を!

 

今回も最後までご覧頂きましてありがとうございます!

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