ペンギン・ハイウェイ【森見登美彦|角川書店】

読んでレビュー角川文庫, 森見登美彦

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謎について(かなりネタバレ注意)

本作での最大の謎。

お姉さんが出すペンギンと草原に出現した海。

これは読み切ってもあまりすっきりしないものでした。

とは言え、これはこれでよかったのではないかと思ったりもします。

 

まだ見ていないのですが(というか多分見ない)考察されているウェブサイトは多くあるのだと思います。

色々な考え方があるだろう中で、私が感じたのはアオヤマ君の友達のウチダ君が文中で言っていた「人は死なない」という考え方。

 

少し詳しく言うと「人は生きている方へと進んでいく」という考え方で、例えば事故で私が死んだとしても「死んだ私」と「死んでない私」の世界が枝分かれして、私は常に「死んでない私」の世界を進んでいるという考えです。

これって、私も以前に思ったことなんですよね。

そして結構真面目に信じている話なんですよ。

 

生きていると「あぁ、死ぬかと思った!」ってことあるじゃないですか。

長く生きていると「よく生きてたな」ということにも遭遇したりします。

で「自分は本当にツイてた!」と思うわけですが、死んでいた世界というのも並行してあるんじゃないかと。

 

飛び出してきた車に轢かれそうになったとき、ギリギリかわせて「危なかった」と胸をなでおろすわけですが、ギリギリかわせなくって轢かれて死んじゃった私もいるんじゃないか?

私は「死ななかった」世界へと進んでいるので、一生死なない。

他人にとっては「君が死んだら、僕の世界では君は死んでるよ」となるかもしれませんが、少なくとも今の私の世界では私は死んでないわけです。

 

最終的には老衰で死ぬわけですが、それすらも90歳で死ぬ私、100歳まで生きる私、102歳まで……という感じで、どんどん伸びていくのではないかと。

まぁ、やや強引な理論かもしれませんけど、そういうのを考えたことは結構あるんじゃないかと思われます。

 

そのウチダ理論っていうのが、本作の柱なのではないかと私は思ったりするんですよね。

最終的にいなくなっちゃうお姉さん。

アオヤマ君は最後に、お姉さんにもう会えないと思いながらも

世界の果てに通じている道はペンギン・ハイウェイである。その道をたどっていけば、もう一度お姉さんに会うことができるとぼくは信じるものだ。これは仮説ではない。個人的な信念である。

森見登美彦著『ペンギン・ハイウェイ』より引用

と綴っています。

これはウチダ理論があったからこそたどり着いた結論で、それ故にアオヤマ君の「お姉さんロス」に対する救いでもあるのではないかと。

『君の名は』のような、ラストで成人したアオヤマ君がお姉さんと再開するシーンは描かれてはいませんけど、そういうシーンが頭に浮かんできます。

お姉さんとお別れしなかった世界もあるのではないか?

それはアオヤマ君が成長して大人になったとき、再び交わるのではないだろうか?

そう考えると、読者も同時に救われる感じがして、この終わり方は素晴らしいと思うわけです。

まとめ

というわけで、本作はこれまでの森見作品よりは万人受けするタイトルではないかと思われます。

ただ個人的には『有頂天家族』や『夜は短し歩けよ乙女』の雰囲気は好きなので「次回もしくは次次回あたりはよろしくお願いします、」と言いたい。

京都が舞台じゃなくても良いとは思うんですよね。

 

でもまぁ、創作者としては色々幅を広げたいという気持ちもあるかと思いますし、気長に待つとしましょう。