ユートピア【湊かなえ|集英社文庫】

2018年10月11日ミステリー, 読んでレビュー湊かなえ, 集英社文庫

こんばんは、しろもじです。

読んだ本を知ったかぶってレビューする「読んでレビュー」。

今回は湊かなえさんの『ユートピア』を取り上げさせて頂きたいと思います。

湊かなえさんの小説を読むのは初めてなんですよね。

裏表紙に書かれていた「緊迫の心理ミステリー」という文字に惹かれて衝動買いしてしまいました。

今回もネタバレ要素は含まれていますので、どうぞご注意下さい(前回から2ページに分け、2ページ以降が盛大なネタバレページになっています)。

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限りなくノンフィクションに近いフィクション

舞台は太平洋に面した人工七千人程度の田舎町「鼻崎町」。

「かつてはそこそこ栄えていたんだけど、最近はね……」というよくありがちな田舎で、3人の女性がそれぞれの「ユートピア(理想郷)」を求めるというお話で、そこにミステリー要素が加わっているのが本書になります。

 

冒頭から描写が実に細かくされていて、文章も読みやすいようで回りくどい言い方をしていることもあったりで、なかなか読み進めていくのが困難だったりしました(1/4ほど読むと解消しましたが)。

プロ作家さんの作品をしてこういう言い方をするのはどうかとも思うのですが、どこか文章にゆらぎがあって、それが読みにくさの元になっているのではないかと思うんですよね。ええ、自分のことは棚に上げています(笑)。

八海水産という会社が出てくるのですが「ハッスイ」と略されたり突然元の八海水産に戻ったりと、思わず「あれ?」と元に戻って読み直したり。

 

そこは本質ではないので、このくらいしておきましょう。

さて、この小説に登場する3人の女性がメインになっています。

3人の女性に、その旦那さん、パートナー、商店街の人々など色々な登場人物が出てくるのですが……いわゆる「良い人」っていうのがいません!

 

小説に出てくる登場人物って、昔ほど「善と悪」が明確にはなっていませんけど、それでも比較的悪いところが描かれなかったりするんですよね。

ここで言う悪いところとは、例えば「何かと主人公に突っかかってくるキャラクターが、実は……」みたいな悪さではなくて、心の暗い部分「嫉妬」だったり「妬み」「猜疑心」などという、ちょっと後味悪い感情や行動のことです。

「悪いキャラなんだけど、本当はね」というのって、ある意味創作寄りのキャラクターだと思うんですよね。

それ自体が悪いというわけではありません。

小説というのは基本的にフィクションですから、作者的にも読者的にも「なんだかなぁ」というキャラクターは避けたい気持ちが出てくるのは当たり前だと思います。

 

でもこの小説に出てくる登場人物は「凄い悪者はいないんだけど、あーでも、近所にいるな、こんな人」みたいだと思うんですよ。

キャラクターごとの三人称視点で書かれているので、それぞれの心理状況も描かれているわけですけど、いちいち「◯◯してくれたっていいんじゃない」とか「もしかして、〇〇っていうこと?」みたいに、ちょっとした心の暗い部分が書かれているんですよね。

「さっきまで仲良くしていたのに、どうして!?」と思ったりもするのですが、実際の人の心の中はそういうものかもしれません。

 

何よ、和美の奴。少しは気を使ってくれてもいいじゃない! 私が何したっていうのよ? 何も悪いことしてないじゃない! もしかして、あの娘……私の才能に嫉妬してるんじゃないの!? そうか、それで私にあんな態度を取ったりしたのかも……「あー、和美! こっちこっち! 久しぶりー、元気してた?」

 

これは私の創作ですが、例えて言えばこんな感じ。

もちろん他の小説でもそういう面が描かれたりしますけれど、どちらかというと「創作である」という面が強調されているのに対し、この作品の登場人物は実に等身大の人々です。

だから「限りなくノンフィクションに近いフィクション」というのがぴったりの表現ではないかな、と私は思うわけです。

小説が嘘くさくなる理由

小説を自分で書いていると「どうもここ嘘くさいな」という場面に遭遇します。

特に現代ものを書いているときに思うのですが、恐らく「些末な出来事を書いてしまったり、固有名称にありがちな名前を付けてしまったり」することがその原因ではないかと感じています。

小説というのは色々な分野があるものですが、最近では現代ものであっても「あまりにも生活臭いものは嫌だ」という見方があるのではないかと思います。

 

自作で恐縮なのですが、カクヨムに投稿した『家族編集部』という小説があります。

この中で小説を投稿するサイト「カクヨム」の架空のものを作る過程で、その名称をどのようにしようかと悩みました。

結局「ヨメカケ」というセンスの欠片もない名称になったわけですが(笑)、始めはぼやかして名称なしにしようかなとも思っていたんですよね。

 

それ以外でも登場人物たちが凄く小さいことで悩んでいたり、細かい描写をする度に「なんか嘘くさいな〜」と思ったりしていました。

もちろんフィクションなので全てが嘘と言えば嘘なんですけど「嘘である」というのと「嘘くさい」のは違うわけです。

そういう意味では異世界ものとかは便利なんですよね。

私たちが生きている世界を舞台にしていないので、どんなことを書いてもあまり嘘くさくはなりません。

 

これはストーリーの話ではなく、小説の雰囲気の問題なんです。

小説を通して作者の姿が透けて見えてくるような感じと言えば分かるでしょうか?

Webに投稿された小説を読んでいると「あぁ、これはきっと若い方が書いたんだろうな」とか「この作者さんは細かそうな性格だろうな」というのが分かってしまうときがあります。

当然想像なので当たっているかどうかは分からないのですが、そういうふうに突然小説の中に作者の姿が見えるときがあるんですよね。

 

それが「嘘くささ」に繋がっているのではないかと、私は思うわけです。

話を『ユートピア』に戻しましょう。

本作でも「鼻崎町」「八海水産」「ハッスイ」「鼻崎ユートピア商店街」「クララの翼」など「どこかで聞いたような名前」というのがたくさん登場します。

恐らく自分で小説を書く際に、このような名称を付けることはないと思います。

 

それが先程言った「嘘くさくなるから」ということなんです。

いっそ少し弾けたような名前を付けた方が「フィクション臭」を高められ、結果として「嘘くささ」が軽減されるのではないか。

そんな感じがします。

 

でも、本作ではそれが感じられないんですよね。

本当に「鼻崎町」という町が存在し「八海水産」という会社は実在しているではないか。

そんな感じになってきます。

 

まさに「限りなくノンフィクションに近いフィクション」というわけです。

この辺りが全体のバランスを絶妙にしており、登場人物さえも「実在しているのでは?」と思わせ、結果的に嘘くささの低減というか払拭に繋がっているのだと、私は思います。

 

次ページはネタバレ要素が多くなっていますので、ご注意下さい。