自分が投稿した小説の宣伝の話 [小説投稿報告:家族編集部 第24話]
こんばんは、しろもじです。
小説投稿サイト「カクヨム」に家族編集部 第24話を投稿しました。
現在30話を書いていますが、自分の想像以上に話がこんがらがってきて、ちょっと伸びてしまっております(笑)。
本来のプロット通りに進行せず、元々なかった話が2話分追加されちゃった感じです。とは言え、大筋で変更があったわけではないのです。
今回の話は、かなり細かくプロットを作って書いていたんですけど、書いている内に「この人物はこう言うはず」「この行動はおかしくないか?」ということがあって、どうしても変更したくなったんですよね。
プロット関連については、またお話したいことがあるので、別の機会に。
今日は、小説の宣伝の話です。
自分で書いた小説を自分で宣伝する
先日のブログ記事でも書きましたけど、ネットに小説を投稿し始めて3ヶ月が経ちました。
色々な方と交流をさせてもらったり、応援して頂いたりしてきました。
特にTwitter関係では、他の方の「小説の宣伝方法」などを見させてもらったりして、色々勉強させて頂いております。
先日、ふと「みんな自分の小説を堂々と宣伝してるよなぁ」と思ったんですよ。
誤解があると困るので、一応補足しておきますが、これはいい意味で言っています。
宣伝と一言で言っても色々なパターンがありますけど、大きく分けると3つ。
「投稿しました型」
特に自分のコメントもなく、ただ投稿したことだけが書いてあるパターン。カクヨムなどのリンクが入っている場合は、それだけでアイキャッチが挿入されるので、多くは語らずとも、ということでしょうか。
「事実のみ伝えます型」
「投稿しましたパターン」に加えて、小説の中の「事実のみ」を書き足しているパターン。
例えば「第2章突入です」とか「久々に更新しました」とか。
投稿した話のちょっとした特徴を伝えている形ですね。
似たようなのに「ぜひ読んでみてね」と一言添える型もあります。
「キャッチコピー型」
先程言ったように、小説自体のキャッチはブログカードに載るんだけど、投稿した話の特徴をまとめてキャッチにして添えている場合もあります。
自虐めいたものから、話の内容を的確に伝えるものまで、結構多彩なものがあります。
「積極的型」
別名「俺の小説を読め型」(笑)。
ちょっといい方が悪かったかもしれないけど、要は「こんな小説読まないでどうするの?」とでも言っているのかと思われるパターンです。
ここが勘違いしないで欲しい所なんですけど、これの悪口を言っているわけじゃないんですよ。
全く逆で「素晴らしいなぁ」と思っているんです。
謙虚が美徳とされた時代
私たちの世代は「謙虚であること」が美徳とされました。
贈り物をする時は「つまらないものですが」と添えて、自慢話をする時も「お恥ずかしい話ですが」と添えてすることが良きことかな、というわけです。
でもずっと「つまらないと思うものを差し上げるなよ」と思っていたんですよね。お恥ずかしい話はするなよとも。
ですから、謙虚過ぎる傾向には私でも抵抗があったりします。
小説も同じで「しょーもない小説ですが」というのなら投稿するな! と言うのは、ちょっと言い過ぎかもしれませんけど(笑)、そういうことですよね。
「ぜひ読んで下さい!」
「面白いので!」
「絶対損はさせませんよ!」
このくらい言う人を見ていると、凄いなぁ、と思うわけなんです。
ただ、もうひとつ誤解されたくないのですが、自分が「あんま、面白くないな」とか「もうちょっとだな」と思っているのに「すげーのできたぜー!」って言うのは、違います。
自分が「私はこれ、面白いと思って書いているだけど」っていうのを「面白いので読んでください!」って胸を張って言うってことですね。
等身大で、と言えばいいでしょうか。
必要以上に卑屈になる必要もないし、必要以上に尊大になる必要もない。
そういうのが、Twitterの宣伝を見ていて、ちゃんと出来ている人が多くて感心したというわけなんです。
私もつい「稚作」とか国語辞書にも載ってなさそうな言葉を使ってしまいますが、これから使わないようにしなくちゃなと思いました。
うっかり使っちゃう可能性もありますけどね。
私の場合は、ブログの更新をプラグインで自動でやっているので、どうしても定型文の「ブログを更新しました」しかツイート出来ないので、Twitterの方はしょうがないかな。
手動でやるという手もあるんですけど、どうも面倒くさいので、しばらくはこのままだと思います。
それ以外のところで、もう少し正当なアピールをしていきたいですね。
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