「ストーリー展開にみる、面白さの要素」|『きみとぼくのダンジョン再建記』第61話投稿のお知らせ

小説投稿記カクヨム, 小説家になろう

こんばんは、しろもじです。

『きみとぼくのダンジョン再建記』第61話「そんなことまで!?」をカクヨムに投稿しました。

小説家になろう版は現在30話。

今日31話を投稿して、34話で終了の予定です。ほぼ最後まで書き終えているので、今晩それらを仕上げて明日明後日と投稿したら、なろう版はそこで〆ようと思っています。

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ストーリー展開にみる面白さの要素

昨日「何が面白いのか分からなくなってきた」という記事を投稿しました。

改めて読み返すと、記事タイトルに反して全然整理できていないわけですが……。

それほど混乱しているのだ、ということでお許しください。

要は「面白さには計算できる部分と計算できない部分があるのでは? 計算できる部分は、従来の作品を分析することで理解できる部分はあるが、計算できない部分については時代の変化を読み解いて、何が求められているのかを感覚で察知できないといけないのでは?」ということを書いたつもりです(長い)。

その記事の中で『きみとぼくのダンジョン再建記』のことにもちょこっとだけ触れていて、ストーリーをバッタンバッタン転がしていけなくなったことが自分としては失敗だった、とも書きました。

つまり書き始め当初は、プロットもなく勢いだけで書いていったので、自分さえも先が読めない状態だったのが、段々それが分かってきたときに更に転がしていかないといけない部分で、転がしきれなかったわけです。

地味ながら細々とやっていたダンジョンに、キョーコという女の子が突然やってきて仲間にしろと迫る。それが一段落したら、ダンジョンや世界の解説に移っているわけなんですが、それはそれでセオリー通りというか普通なんだと思うんですよね。

でも、本当はもっと転がしたかった。

誰も、私でさえ先を予想できない展開にするつもりだった。

ただそれをやるには転がしながら状況を説明しなくちゃいけない。

それをやる技量がなかった、ということでしょう。

先程も書きましたが、計算できる面白さに行ってしまうということは(結果として面白くなっているかは別として)楽といえば楽なんですよね。

また展開だけが面白さでもないわけです。

キャラクタの面白さ、それらの掛け合いの面白さ、設定の面白さなんかもありますからね。

もし、そういうふうに変化させる(流れに沿わせる)のであれば、その面白さに転換していかなくちゃいけなかったのかなぁ……とか考えている内に、頭がゴチャゴチャになってきました(笑)。

それらを習得するには、どうしたらいいのかな?

と考えてみると、やはり「たくさん書く」というのが必要になってきそうな気がしました。

初めから「分かっている人」であれば、そんなことは必要ではないのかもしれませんが、私のように分からない人間は何度も反復することで、獲得していかないといけないのかもしれません。

たくさん書くと言えば、年初に「今年は多作がテーマ」と書きました。

1年も6分の1が終わったのに、まだ新しい小説は書けていません。

ひとまずは『きみとぼくのダンジョン再建記:なろう版』を完結させて、いくつか短編を書いてみようかなと思っています。

投稿するかどうかは決めていません。

でも反応を見たり、自分で振り返るためには投稿したほうがいいのかも。

あまり大きなことばかり言って「有言不実行」になっても困りますので、この辺にしておきます(笑)。

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今日も最後までお読み頂きありがとうございました!

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