岡山について話そう【創作日記093019】

小説投稿記創作日記

今日の天気予報は「一日曇り。夜まで突然の雷雨に注意」と書いてあったのですが、日中は驚くほど天気がよく……暑いっ! 何なんでしょうね? 個人的には温暖化には懐疑的な私ですが、流石に10月になろうかという時期に、この暑さではちょっと「そうなのか?」と思ってしまいそうになります。

そして天気予報の通り、夕方に突然の雷雨にあいました。個人的には雷は大好きなので(打たれたいというわけではありません)少しテンションが上ってしまいました。雨と言えば岡山は「晴れの国」を自称している県であったりします。

スポンサーリンク

岡山は嫌いな街だった

私が岡山という土地に住んでいることは、以前から何度か話したことなので、特に秘密にしていることではありません。でもちょっと前までは、あまり言いたくなかったんですよね。

それは私自身が岡山という街が嫌いだったからです。

この記事をお読み頂いている他都道府県民の方々の多くは「岡山」と聞いたときに、恐らく「何も浮かばない」というのではないでしょうか(暮らしたことがあるとか、友達が住んでるとはいう方は別として)。それは多分、岡山という地が「何の特徴もなく変哲もない普通の県である」からだと思われます。

もし「人生」というゲームがあったとして(あの有名な奴の話じゃないです)平均的なステータスを持ったキャラクタが誕生したら、恐らく半分くらいの確率で岡山生まれになるんじゃないかというくらい平凡な土地。それが岡山なのではないかと思っています。

もの凄く大自然豊かな土地でもないし、全国的に有名な観光地があるわけでもない。人口的にも多すぎず少なすぎず。よくネットやTVなどで全国ランキングなるものを見たりしますが、大抵の場合岡山は20位から30位くらいにランキングされていることが多い。

つまり毒にも薬にもならない、よって人の印象にも残らないという土地なんだというのが私の印象でした。

十代くらいまではそんな平凡な街に生まれて一生底で暮らしてくのが嫌で、岡山が嫌いだったわけです。言い換えれば「自分はそんな平凡な人間じゃないはずだ。そんな奴がこんな平凡なところに住んでいていいわけがない」みたいな、ちょっと残念な感じだったのかもしれません。

十代後半で岡山を出て(つまり大学進学して)二十代の全てを他府県で過ごした後、ようやく「自分はチート属性も持っていないし、世界を変える勇者でもなかった」ということに気づいて岡山に帰ることにします(このカッコ内のくだりは冗談ですので、本気にしないで下さい)。

十数年ぶりの岡山暮らしで、ちょっとだけこの土地を好きになりかけたのですけど、数年ほどで再び「岡山嫌い病」に冒されます。それは十代のときとは異なり「田舎特有の人間関係」が原因でした。

よく勘違いされるのですが「田舎には素朴な人間が多く、みんないい人ばかりで、のんびりした生活が待っている」みたいな幻想があります。もちろん、そういう環境が全て間違っているわけではありません。でも、実際には根暗な人も多いですし、根性曲がっている人間も多く住んでいます。嫉妬深いし、妬み嫉みの感情などは日常的に見受けられる行為です(一応補足しておくと、これは岡山の一部地域について話しています。全国の田舎が全てこうだと言っているわけではありません)。

それを強く感じた理由は、帰ってくるまでの岡山は「学生時代を過ごした街」であり、帰ってきてからの岡山は「社会人として過ごす街」という違いがあったからかもしれません。私も含めて大人ってきたないですから。

岡山県民も岡山が嫌い?

岡山に帰ってきて再び暮らしてみて思ったのは、岡山県民の岡山に対する感情の複雑さでした。他の都道県にお住まいの方のことはよく分からないのですが、多くの岡山県民(以降おかやまんと呼称)は岡山のことをこのように評価しています。

「好きだけれど嫌い」

何かをこじらせちゃった人みたいですね。

多くのおかやまんは、岡山のことを「災害も少なく天気もよい、とても恵まれた土地だ」と誇らしげに思っています。ついでに言えば「関西以東と、四国、九州を繋ぐハブ的な都市であり、中四国の要所である」という方もいらっしゃるかもしれません。

でもその一方で「岡山はダメな所が多すぎる」と文句を言う方も結構います。それらの多くが(多分)「こんなに恵まれているのに、どうして岡山はもっと発展しないのだろう?」という忸怩たる思いから来ているのではないかと推測しています。

これは全くごもっともな意見で、私自身よく分からないわけですが、あるおかやまんによると「岡山は気候などに恵まれすぎていて、危機感を持っていない人が多い」らしいのです。これは結構的を得た意見なのではないかなぁと思います。災害が少ないので、助け合いという意識も弱いみたいですね。

そういう色んな感情から、おかやまんの多くは「好きだけど嫌い」なのが本音なんじゃないかなぁと思った次第です。それは私も感じていたことでした。

岡山のイイトコロを挙げてみよう

「でした」と書いたように、今は少し違う感情を持っています。

特に小説を書き始めて感じたのですが、正であれ負であれ人間の感情が豊かであることは、決して悪いことではないということ。もちろん「人」というのが進化していくためには、今まで以上に公共性だとか協調性だとかそういうのを大切にしていくべきだとは思います。

その一方で「人としての欲望」や「根源的な欲求」に素直であるということは、スマートではない分、人間の本質を理解できるのではないかと思うんですよね。

先程書きましたが、田舎で人と接していると「どうしてこんなに妬み深いのだろう?」とか「何故そこで嫉妬心を燃やすの?」と思ってしまうこともあります。でもそれって大昔から人間が抱えてきた悩みであり、問題点なんですよね。

そういうネイキッドな感情に触れられる、というのは、小説という人を描く創作物を書くにあたってはプラスになるかもしれない……と考えたわけです。まぁ、疲れるんですけどね。

そういうわけで、今は岡山という土地についてそれほど負の感情は持っていません。かと言って、凄く愛着があるというほど達観もしていませんので、将来私の小説がメガヒットし、ドラマ化、映画化、ハリウッドに進出したりして、大金持ちになったらどこかに移住するかも? という感じでしょうか。

要らない心配をするのは結構好きです。

ついでですので、岡山の良いところも挙げてみましょう。前述のように天気は比較的恵まれているようです。もちろん降水量が極端に少ないというわけでもないみたいですが、晴れて温暖な日が多いのは間違いないようです。

大都会岡山、と言われていますが、もちろん実際にはそんなわけがありません。

Googleサジェストでも、上位に表示されるパワーワード

最も発展しているだろう岡山駅付近は最近になって開発が進んでいるものの、10分も自転車で走れば普通に田舎になってしまうほどの規模でしかありません……おっと、いいところを書くのでした。

都会でないというのは若いときであればネガティブな要素かもしれませんが、歳を取ってくると「都市部に行くときでも、気を使わなくていい」というメリットもあります。例えば東京や大阪などの都市に行こうと思ったら、それなりに容姿にも気を使いたいところですが、岡山であればそんなのは不要です。

後は……なんだろうな……。

一時期話題になりましたが、水路は多いです。

特に県南を中心に、こういう場所が至るところにあります。元々埋立地が多く、それらを田園地帯にしていったので、このような水路が張り巡らされたと聞いたことがあります。でも蓋しようよ〜とは思いますよね。最近は柵を付けたりする箇所も増えてきていますが、整備率ではまだまだといった感じです。

……って、良いところじゃないし。

まぁ可もなく不可もなし、という感じで、若いときにはやや退屈かもしれませんが、少し歳を取ってくると「このくらいでいいかな」と思えるような平均的な土地柄なのではないでしょうか。

ところで小説は書いてるの?

突然岡山の話題で記事を書いたことから察して欲しいのですが、全然書けていません。

昨日あたり本気出す、と思っていたのですが、買い物に行って帰ってきたらぐてーっとなってしまいました。ぐてーっとなる前に書かなきゃいけませんね。いや、ほんと。

[合わせて読みたいおすすめリンク]