おとなの童話シリーズ『しろもじさん と どんぐり」

2020年2月19日雑多記事おとなの童話シリーズ

教訓になるようなならないような、そんなお話です。

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しろもじさん と どんぐり

ここではない、異世界のおはなし。

山の奥にしろもじさんたちが暮らす小さな村がありました。

しろもじさんたちはご飯を探しに、今日も山へと大好きなどんぐりを探しに出かけます。

昔はたくさん採れていたどんぐりも、最近ではあまり採れなくなってしまいました。

「ひとり10個かぁ……もっとお腹一杯、どんぐりを食べたいなぁ」

育ち盛りのしろもじさんたちにとって、どんぐり10個は少なすぎます。

「でも、採れないんだから仕方がないよね」

そう言って、今日も10個のどんぐりで飢えを凌いでいます。

ある日、村人のひとりくろもじさんが「どんぐり100個、集められる方法を見つけた!」と言い出しました。

どんぐり不足で目が回りそうだったしろもじさんたちは「なになに!? 教えて!」とくろもじさんに迫ります。

くろもじさんは「タダってわけにはいかないよ。そうだ、一人につきどんぐり30個くれたら教えてあげてもいいよ」と答えます。

どんぐりは冬には採れなくなります。だからしろもじさんたちは10個のどんぐりから、少しずつ貯どんぐりをしていました。

でもどんぐり30個は、流石に大どんぐりです。しろもじさんたちは悩みました。

村人のひとり、あかもじさんが言いました。

「30個払っても100個も採れるんだったら、あっという間にもとが取れるんじゃないか」

しろもじさんは「ごもっとも」とうなずきます。

でも、あおもじさんは首をひねります。

「くろもじくんは、どうして30個で教えてくれるんだろう? 黙っていれば100個のどんぐりを独り占めできるのに」

しろもじさんは、これにも「ごもっとも」とうなずきます。

「くろもじくんは、ぼくたちを騙そうとしているんじゃないか?」

「いや、くろもじくんはみんなのためを思って言ってくれてるんだろう」

「でもそれなら、30個じゃなくってもっと少どんぐりで教えてくれればいいのに」

「くろもじくんも大どんぐり持ちになりたいのさ。君だってそうだろ?」

「だったら、黙って100個を貯めていった方がよくない?」

「うーん……」

村のみんなは悩みに悩みました。結局「どんぐり100個は凄いけれど、30個は払えないし、なんだか話がおかしい」という結論に達しました。

でも、しろもじさんだけは少し悩んでいました。

「100個のどんぐりがあれば、毎日山に探しに行かなくてもよくなるし、お腹一杯どんぐりを食べることもできるしなぁ」

みんなが寝静まった深夜。

しろもじさんはひとり、くろもじさんの家を訪ねます。

大切に貯めておいた虎の子のどんぐり30個を差し出し「やっぱり教えて」とくろもじさんに頭を下げました。

くろもじさんは「話を聞いた後では返せないからね」と念を押します。

しろもじさんの頭の中は、もうたくさんのどんぐりがグルグル回っている状態です。

「うんうん、分かってる! 早く教えて!」と、くろもじさんに迫ります。

くろもじさんは、どんぐりを貯どんぐり箱にしまってから、ひとつ咳払いをして話し始めました。

「いいかい? 僕のやったことを他の人に、同じようにやるんだ。『どんぐり100個集められる方法を見つけたよ。どんぐり30個で教えてあげる』ってね。4人からどんぐりを回収できれば、ほら100個を超えるだろ?」

教訓

「美味しい話には裏がある」という話ですが、それだけだと面白くないのでもう少し考えてみましょう。

まず、くろもじさんの立場で考えてみましょう。

本当にどんぐり100個集められる、どんぐりの穴場を見つけていたとしましょう。

ここから先は、くろもじさんがどういう性格なのかによって、行動が別れます。くろもじさんが「大どんぐり持ちになりたいんや!」という人だった場合、

『みんなには黙っていて、ひとりで100個のどんぐりを独占する』

という方法が、最も理にかなっている行動と言えそうです。

逆に「みんなに教えてあげて、感謝されたいんや!」という性格だったら、

『無料、もしくは低どんぐりで、その方法を教えてあげる』

という方法を取りそうです。

次に、本当はどんぐり100個集められる方法など知らなかった場合を考えてみましょう。

この場合は「大どんぐり持ちにはなれなくてもいい」という考えだと、話は進展しません。くろもじさんも、みんなと同じようにどんぐり10個で我慢しながら過ごしていくでしょう。

では「大どんぐり持ちになりたいんや!」という場合。

上の話にあるようなことをするか、もっともらしいことを言うか、そのどちらかではないでしょうか。

例えば「どんぐりは木の下にたくさん落ちてるよ」と「それは当たり前でしょ的な話をする」とか、「西の山にはどんぐりが多いらしい」と適当なことを言ってみるとか、「毎日20時間くらい探せば、どんぐり100個くらい集まるよ」と、できないようなことを言うとか。

つまり合理的に考えると、くろもじさんが「100個のどんぐりを取る方法を30個で教えてあげる」なんてことはあり得ないことなんですよね。

可能性があるとすれば「昔は100個採れていたけれど、最近は60個くらいしか採れなくなった。それならみんなに教えて30個ずつ集めた方が儲かるんじゃないか? ウソはついてないし」という感じでしょうか。

また本文中では省きましたが、くろもじさんは『自分はどんぐり100個集められる方法を知っている』と、みんなに信じてもらう必要があります。

昔貯めたどんぐりがあるのならそれを見せるとか、元々100個も集められないんだったらどんぐりの殻をそれっぽく見せるとか。

くろもじさんからすれば「たくさんのどんぐりを持っている証拠」は、自分の言葉に説得力をもたせる大切なことなので、どんなことをしても山盛りどんぐりを用意しようとするはずです。

もちろん、世の中の全ての話がこんなことばかりだと言うつもりはありません。

中には本当に美味しい話もあるからこそ厄介なんですよね。

「確実な見分け方」は存在しないのかもしれません。でも「どうしてこの人は、30個のどんぐりで100個採れる方法を教えてくれようとしてるんだろう?」ということは、一度考えるべきことな気もします。

また「どんぐりは、村のみんなが100個ずつ採ってもなくならないのか?」というのも、考えてみるといいかもしれません。

みんなが100個ずつ、ずっと採っていても大丈夫なくらいあるものでしたら、くろもじさんは「教えることで、みんなから30個余計にもらえる」という利点があります。

でも「みんなが採ったら一人100個は無理で、30個くらいしか採れなくなる」というのであれば、くろもじさんからすれば損をすることになってしまいますよね。

その場合は「くろもじさんが損をするのに、どうしてわざわざそんなことを教えてくれるんだろう?」ということを考えてみる必要がありそうです。

ちなみに「シリーズ」と銘打ちましたが、シリーズ化するとは言っていません。

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