Windows95から30年で初めて老化を感じたのは
こんばんは、しろもじです。
歳がバレそうですがWindows95でPCを初めて買ってから、ずっとPC関連で難しいと思ったことはなかったのですが、ここに来て理解できないことが増えてきて「これが老化なのか……」と思った話です。
生成AIの◯◯◯が理解できない
今春にもApple Intelligenceが日本にも導入される予定だそうで、いよいよ日本でも生成AIが身近になってきそうな感じですよね。
携帯電話やスマホが普及したときにも感じたことですが、世間一般の人たちが「要らない、必要ない」と言っていたのが、普及していくにつれて「絶対必要、なくちゃ困る」に変わっていくことで世の中がゴロって変化していくんですよね。
で、今回それが生成AIによって再び起こりそうな感じ……なのですが。
PCも携帯電話もスマホも一般の人たちよりも少しだけ早く持っていて「こんなに便利なのに」と思っていた私が、今回は「生成AIの利便性が分からない」という状態になっています。
少しだけ補足しておくと、PCも携帯もスマホも完璧に使いこなせていたかというと、それほどでもありませんでした。
ただ一般的な人よりも少しだけ早く持っていたというだけです。
ですので今回の生成AIも、GoogleのGeminiやChat GPTなど(の無料版)を多少は触ってはいるんです。
その上で「これをどう使いこなしたらよいのかが今ひとつ分からない」という状態なのです。
生成AIに質問して答えてもらうという方法が、最も一般的なのかなと思いますが、自分でググってサイトをいくつか見て回った方が正確性を保てそうです。
実際、GeminiやChat GPTに尋ねてみたところ、いくつかの質問で正確性を欠く答えが見られたことから、結局それが合っているのかどうかを調べなければならないという手間が生じると、個人的には思いました。
プログラミングができるというのもあるそうですが、今の時点でプログラムしたいこともありません。
Apple Intelligenceの機能のひとつにある画像の修正(いわゆるGoogleの消しゴムマジック)なかはちょっとだけ魅力的ですが、そこまで消したいものもない気もします。
創作系のAI利用には躊躇してしまう
小説やイラスト、動画などの創作物をAIで生成できるという話も聞いたことはあるのですが、小説は自分の趣味なのでそこをAIに任せる意味が分かりません。
この辺は創作物を「飯の種としてしか考えない」のか「飯の種になればよいが、それはそれとして創りたい」と思うのかという、考え方の違いが大きいのではないかと思います。
金にならなくても創作したいと考える人は自分で小説やイラストを書きたい(描きたい)でしょうし、金にならないのならやらないという人であれば、生成AIで手っ取り早くとなるのでしょう。
個人的には、イラストや動画は例えば本ブログなどの挿絵や、Youtubeなどの動画制作に利用できそうな気もしますが、現時点で元ネタ(つまり生成AIに食わせたイラストや動画)がその創作者の同意を得ているのかが今ひとつ分からないので、一応創作者の末席を汚す身としては使うのを躊躇してしまいます。
その辺りが完全にクリアされたものであれば、便利かなとは思うんですけどね。
これが老化なのか……
もちろん、今までも「今ひとつ使い方や利便性が分からない」というものはありましたが、今回は特にそれが顕著な気がします。
つまり「世間の熱」と「自分の熱」の差を感じるということです。
メディアなどでもてはやされている生成AIが、自分的には「それほどなのか?」と思ってしまうんですよね。
いわゆる汎用人工知能AGI(Artificial General Intelligence)が登場して、人間と違和感なく会話できたり、またそれを継続できたり(例えば昨晩話した内容を覚えてて、その続きの話ができたり)するようになれば、それはそれで面白そうだと思いますが(同時に、そこまでいくといよいよ人の仕事が減りそうですが)。
今回の生成AIはまだそこまで見えて来ない気がするのが、個人的な感想です。
ただそれが冒頭に話した「スマホ? 要る?」と言っていた人たちのことを思い出すと、私もそちら側に行っちゃったのかな、と思ったりもします。
そして「これが老化なのか」と思ったりもするんですよね。
まとめ
最後に蛇足。
冒頭で「Windows95から」と書きましたが、そういえば一番最初に触ったPCはPC8801 markⅡでした。
嘘をついてすみませんでした(笑)。
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