小説を書き終えるときの達成感と寂しさ|『きみとぼくのダンジョン再建期』第97話投稿のお知らせ
こんばんは、しろもじです。
『きみとぼくのダンジョン再建期』第97話「白夜の栄光」をカクヨムに投稿しました。
早いものであっという間に97話。残り3話(の予定)となりました。読まれている方には看破されている気もしないでもないのですが、ここ数話は本当に困りながら書いていました。
ラストに向けてこれまで無造作に置いてきた伏線(っぽいもの)はできるだけ回収しないといけませんし、もちろん物語がキチンと終わられるように進めなくてもなりません。あまりにやることが多くて「一体何を書いたらいいのやら」という状態になってしまっていました。
「書くことがなくて何を書いたらいいのやら」の方が、まだたくさん書ける気がします。あれも書かなきゃこれも書かなきゃ、でも冗長にならないように気をつけなきゃ! というのは、キーボードを打つ手が止まりがちです。まぁその辺りが能力というやつなのでしょうけど。
ただ後3話となり、流石に「98話はこれ書いて、99話はこれを書く。で、最後はこうなる」というのがぼんやりと理解できるようになってきました。って、まだぼんやりかよっ!
と同時に「後3話で終わりなんだ」ということを実感して、色々な感情が沸き起こっていたりもします。
小説を完結させるときの達成感と寂しさってあるよね?
もちろん小説を完結させるのはこれが初めてではありません。一応、カクヨム、小説家になろうに投稿してきた小説は、これまで全て完結させてきました(尻切れトンボ的な終わり方もありましたが)。
ですが100話に至るような長い作品は今回が初めてなのも確かなことです。何度か書きましたが「ダンジョンに情けない魔王がいて、そこに女の子がやって来て……」というぼやっとした発想から、よくもまぁここまで話を広げてきたものだと思います(面白いかどうかは別の話です)。
そういう意味では、何か変な達成感があったりするんですよね。
またどの小説もそうだったのですが、100話も書くとやはりキャラクタや舞台などに思い入れが出てくるのも、仕方がないことではないでしょうか。
なのでちょっとした寂しさを覚えていたりもします。これは他の小説でも感じた感情です。そういう感情を持ったとき、ふと「続編……続編を書こう!」という気持ちに襲われるのですけど、そこはグッと我慢してきました。
それは「他にもたくさん書きたい話があるから」。
これも前に書きましたが、最近は手持ちのプロットが随分と枯渇気味になってきています。ちょっとしたアイディア程度ならそれなりにあるものの、じゃぁそれを小説にできるのかと聞かれるとちょっと微妙なものばかり。具体的なのは「ラブコメもの」と「近未来SFもの」くらいかな?
まぁそれも、具体的にと言うのも憚られるものなんですけどね……。
ただ『きみとぼく』は、確かカクヨムのコメント欄だったでしょうか……? 続編というよりも書き直しをしたいと強く思っています。この小説は自分が得意(上手いという意味ではなく書きやすいという意味)な「数話程度の短い話の小説」にする予定だったんですよ。
舞台があってキャラクタいて、それらが色々なストーリーを創っていく。各話は独立しているけれど、微妙に繋がってもいる。だからどこから読んでもそれなりに楽しめるし、どこで止めても大丈夫。
そんな小説……だったはずなのですが。多分「ホウライ」という国を入れた辺り、もしくはそれを物語の主軸にしようと思った辺りで、少しずつずれていった気がします。
ですから、書き直す際にはその辺りに注意しながら、最初に書きたかった話を書いてみたいな、とか。
いやまぁ、ラブコメものが先なんですけどね(笑)。
そういうことから、ちょっとだけ寂しさは回避できていたりするのが、せめてもの救いでしょうか。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません