「小説の面白さと文章の上手さの関係性」|『きみとぼくのダンジョン再建記』第62話投稿のお知らせ

小説投稿記カクヨム

こんばんは、しろもじです。

『きみとぼくのダンジョン再建記』第62話「ワシが預かる」を、カクヨムに投稿しました。

前々から書いてたように、この小説は元々プロットなしで始めたもので、15話を超えた辺りから「すこし先の展開」を考えるようになってきて、ようやく最近「終盤までの流れ」を考慮するようになってきました。

これもどこかで書いたのですが、伸ばそうと思えばどこまででも伸ばすことは可能です。

しかし、ダラダラ続けるのもどうかなぁと思っていて、一応の結末まで考えた結果「そろそろ終盤になりつつある」という感じになりました。

恐らく100話までは行かない、という感じだと思われます。

具体的に計算してわけではないですし、この後の展開もそこまで詳しく練っているわけでもないので、もしかしたら80話くらいかもしれませんし、90話かもしれません。

まぁ、もう少し考えて書けよって感じなんですけどね。

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小説の面白さと文章の上手さの関連性について考えてみる

前回辺りから引き続き「面白い小説って何?」という疑問が、頭の中を飛び回っております。

あまりに漠然とした問題なので、正直かなり混乱しています。

「自分が面白いと思った小説」というのが、今までの私の考えだったわけですけれど、結果として「自分がその時点で面白いと思っても、後から見直すとなんじゃこりゃ」となる小説もあるわけで(と言うより、ほとんどがそう)。

そこで「書いている時点で、ある程度面白さを確認できる、もしくは要素として取り込んでおける方法」というものがないのだろかと考えているわけなんですよね。

「感覚で書く」「感性で書く」ことで、面白い小説が生まれる場合もあるかとは思います。

ただ、それは才能よりも運の要素が強いんじゃないかな、とも思います。

まぁ、この話は長くなるのでひとまず置いておいて。

要は「面白い小説の条件」というのがあるのではないか?

そういう考えに至ったわけです。

誤解を招きそうなので一応補足しておきますが、例えば「面白い小説を作るチェックリスト」のようなものを作って、それを全て満たせば自動的に面白い小説が書けると言っているわけではありません。

「面白い小説である最低限度の要件は何だろうか?」ということです。

その結論はまだ出ていませんが、色々考えている内に「文章の上手さって関係あるのかな?」という疑問が湧いてきました。

文章の上手さっていう言葉自体が、既にあやふやな定義な気もしますので、もう少し絞ってみましょう。

ここでは「読みやすい文章」を上手い文章と定義します。

引っかかりがなく、誤読の可能性も低い。難解でもないし、平易すぎもしない。

要は「スラスラ読める文章である」ということ。

そういう文章と小説の面白さは関係があるのか?

一般的な意見で言えば「全然関係ない」ということになるのではないでしょうか。

失礼を承知で言えば、Web系の小説を読んでいると、人気のある小説でも「誰が話しているのか分からない」「状況が理解できない」「文章が難しすぎ(もしくは砕けすぎ)で読みにくい」というものは、ときどき見受けられます。

小説にとって面白さとは文章の上手さではなく、ストーリー展開の妙だったり、キャラクタの魅力だったり、設定がツボだったり、そういう要素の方が大切であろう、と。

それ自体は間違いではないと思います。

一方で、スラスラ読んでいける文章というのは、引っ掛かりがない分、例えば1話とか1章とかという区切りまで一気に読んでいける可能性が高くなります。

特に冒頭から文章が難解だったりすると、それだけで「ブラバ要因」になったりすることもあるのではないかと、個人的には思います。

そう考えると「文章の上手さと小説の面白さには相関関係はない」が「文章の上手さは小説の面白さに気づかせてくれる補完的要因を持っている」と言えるのかもしれません。

  1. 読みやすいから先へ読む。先へ読めば面白さが分かってくる
  2. 読みにくいから先へ進みにくい。先へ進んでもらわないと面白さは分かってもらえない

そんな違いではないでしょうか。

もちろん、文章に関わらず冒頭の書き出しのインパクトなどでも、読み続けてもらえる可能性は高くなってきますが、今回はあくまでも文章の話なので置いておきましょう。

なぜこんなことを考えたのかと言うと、先日「あまり面白い話ではないのだが、文章がとにかく読みやすく、次々ページをめくっていける本」に出会ったんですよね。

お話自体ははっきり言って、面白くないわけじゃないけれど、それほど凄いオチがあるわけでもないし、読後の感想も「あぁ、そうなんだ」という感じで感銘を受けるわけでもない。

だけれど、文章は圧倒的に凄い。

私はあまり速読しない方なのですが、一日で読み終えてしまうほどスラスラ読める本でした。

そのときに「スラスラ読めるというのは、小説にとってひとつの特徴と言えるのではないか」と考えたわけなんです。

念のためもう一度言っておきますが「文章が上手けりゃいい」と言っているわけではありません。

「文章が上手く、スラスラ読める文章であれば、より先まで読んでもらえる可能性が増えるのでは?」ということです。

小説を読むとき、一番大変なのは冒頭だと思います。

一体どんな話なんだろう? 舞台はどこ? 時代は? 登場人物はどんな人?

あらすじを知らずに読み始める場合は、頭の中は真っ白です。

そこに小説の箱庭舞台を設置してもらう(想像してもらう)には、やはりある程度読み進めてもらわないといけないのは、どの小説においても同じことだと思います。

その手段として「文章の上手さ」というのが、作用するのではないかというのが今回の話です。

まぁとは言え「じゃ、上手い文章ってどんなのよ?」とか「お前、それ出来てんの?」とか言われちゃうと困っちゃうわけですが(笑)。

その辺りは、もう少し考えてみたいところです。

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今日も最後までお読み頂きありがとうございました!

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