「小説を書くには本を読まないといけない?」という話 [投稿報告:管理官と王女様 第2話]

小説投稿記カクヨム

こんばんは、しろもじです。

 

『管理官と王女様』の第2話「軍事協定」をカクヨムに投稿しました。

現在16話まで書き進めています。

連載コンテスト〆切まで、あと25日。

計算上、1日1話の投稿では追いつきませんから、どこかで2話投稿しないといけない日が出てきます。

一方、書く方は残り14話。1日1話書いたとすると、3月20日に完成ということになります。

とは言え、読み直しや手直しの日数も必要ですから(書けない日もあるかもしれないし)、もう少しペースを上げていかないといけません。

1日2話書けば、かなり余裕が生まれそうです。

「出来るのならば、な!」ということですけど(笑)

 

王立勇者育成専門学校総務課 〜結衣のお仕事編〜』も、時々書いているので(息抜き)、最近ではプライベート時間のほぼ全てが「小説を書く」ということになっています。

もちろんブログの更新もありますので、アニメを観たり、小説を読んだり(本やカクヨムなど)は、寝る前の僅かな時間のみ、ということになります。あと、お仕事の合間とか……。

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たくさん小説を読まないと、小説は書けない?

よく「小説を書くには、たくさん本を読まなければならない」と言われたりします。

これには半分賛成で、半分は否定的です。

極端な話になりますが、例えば「1冊も小説を読んだことがない人が小説を書けるのか?」と言うことを考えてみます。

中には出来ちゃう人もいるかもしれませんが、ほとんどの人は出来ないと思います。

では、やはりたくさん読んだ方が良いのか? と言うと、これは程度ややり方にもよると思うんです。

 

今の私の状況のような場合であれば、読むことよりも書くことを優先した方が良いに決まっています。

また、たくさんの小説を読むことと、良い小説を書くことができることに、明確な関連性はないということは、個人的な体験で分かっています。残念ながら。

 

それでも、ある程度の小説を読むことは、意味があることだとも思っています。

小説を読むということと、小説を書くということを考えた時に、野球に例えると「読む=素振り」「書く=打つ」ことだと思っています。

素振りの達人になっても、実際にバッタボックスに立って打たないことには、いつまで経っても小説を書くことはできません。

 

また素振りについても、ただ振れば良いというものでもありませんよね。

小説を読む場合は、ある程度「書くことを前提として」読むべきだと思います。

つまり速読などでたくさん読む、という方法を完全には否定できませんが、あまり良い方法ではないと思うということです。

 

「自分ならどう書くのか?」

「なぜ、この話に感動したのか?」

「どこが面白かったのか?」

「構成要素はどうなっているのか?」

 

それらを考えて読むことが必要なんじゃないかな、と思うわけです。

文体を研究するのも良いでしょうし、構成を分解してみるのも良いかもしれません。

ただ、気をつけておかないといけないな、と思うこともあります。

それは「たくさんやることが本質ではない」ということです。

つまり、素振りに夢中になりすぎて、バッターボックスに立つ時間が減っては意味がないということです。

 

やはりバッターボックスに立たないと分からないこともあります。

小説も書いてみないと、そして完結させてみないと分からないこともたくさんあると思います。

小説を完結させることの重要性については、以前記事で書きましたね。

 

だから、優先すべきは「書く > 読む」であることは間違いないわけです。

カク>ヨムですね(笑)。

 

小説を書くということに対しての、小説を読むということは、そういうことだと思います。

 

それは量や時間だけの話ではありません。

小説を書く、ということは、原則的に自由なことです。

先程「研究する」ということを書きましたが、文章の研究者になるつもりがないのならば、それに縛られすぎるのも良くありません。

私の場合は、ブログの記事にするという目的もありますし、時間を短縮する(少数の本からたくさん得たい)ということも考えて、色々調べたり勉強したりしました。

しかし、その結果「縛られていることが出てきた」と感じました。

文章の教本や、シナリオや脚本の解説本は、ノウハウを得る上で良いものかもしれません。

でも、それを得た時「活用しなければ。その通りにしなければ」という考えも出てきました。

これは、創作ではありません。

本日投稿した別の記事にも書きましたが、創作物は工業製品ではありません。

創作はもっと自由であるべきです。

ただ、その自由は無から生まれてくるものではないのも確かです。

だから、小説を読むということが必要なのではないでしょうか。

 

ええっと。何が言いたいのか分かりますでしょうか?(笑)

まぁ簡単に言えば「たくさん書こうね」と言うことです。

例えれば(例えが好きなのでごめんなさい)、読むことは車で言えばガソリンです。ガソリンはたくさんあった方が良いですが、入れすぎると重くなりますし、燃費も悪くなりますし、最悪溢れてしまいます。

入れたら走る。走ることは書くことということです。

余計だったかも(笑)。

 

今日も最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

それでは、また、あした。