【Micro Income】これからの小説家像を考える脳内会議3【創作日記103019】

小説投稿記MI会議, 創作日記

「これからの小説家像はどうなっていくのか?」を、アマチュア小説家が勝手に考える「これからの小説家像を考える脳内会議」の3回目。何回まで続くのかは、今のところ未定です。

前回までのおさらいをしておきます。第1回では「この記事シリーズの前提」を定義しました。具体的には「書籍を発行するだけで食べていけている専業作家は考慮に入れない」「Micro Incomeの定義」などをお話ししました。

また第2回では「ネットで稼ぐのはなぜ嫌われるのか?」ということも考えましたね。

今回は第2回目の補強をする形で「仕事とお金」について考えてみたいと思います。

スポンサーリンク

会社とは? 仕事とは?

私たちは学校を出るとほとんどの場合、社会に出て仕事をするようになります。その多くは既存の企業に就職し、決められたことを行うことになります。古い言い方をすれば「敷かれたレールの上を走る」みたいな感じですね(そういや最近、言いません)。

私も含めて多くの人がそれほど深く考えずに就職し、仕事をし、お給料を受け取っているわけですが、改めて考えてみると不思議な仕組みですよね。

本格的な会社が出来てきたのは16世紀の大航海時代で、その後18世紀の産業革命以降本格的になっていくわけですが、なぜそのような仕組みが発展していったかと言うと単純に「大勢でやった方が儲かるから」です。

例えばひとりで定食屋を開いたとしましょう。ひとりで仕込みして料理を作って会計して掃除して……とやろうとすると、とても大変そうですよね。なので必然的にお客さんの数を絞らないとやっていけないわけです。

1,000円の料理を提供して原価が300円だとしたら、利益は700円です。でも一人だと1日30人くらいしか受け入れられないとしましょう。そうすると利益は21,000円/日となります。

20日稼働で月額換算すると42万円になるので一見十分そうですけど、実際には家賃や機器のリース代、電気代水道代などもあるので、手取りはもっと少なくなります。

そこで社員を一人雇うことにします。従業員が2倍になったので、受け入れ人数も2倍になったとすると利益は84万円にまで増えますよね。社員に30万払ったとしても、利益は前より増えています。

かなり単純化した計算なのでガバガバなのですが、要は「人を増やすことで利益を増やすことは可能である」ということです。特に中小企業より大企業の方が福利厚生や給料面で優れているのは、リソースが大きいためより従業員への分配が可能になるからです。

だから会社という仕組みが発展してきたわけですよね(それ以外にも、例えば接客のプロや、掃除のプロを雇えばより高いレベルで運営できるようになるという見方もあります)。

それが当たり前になった社会では、私たちは「学校を出たら会社で働く」というのが当たり前であると思うようになってきました。また最近では懐疑的な面も増えてきましたが「一度就職すれば、一生安泰」という変な誤解も生じています。

私は勤めていた会社が倒産した経験はないのですが、そういう会社を見たり事業を大幅に縮小したりして従業員が路頭に迷うというのを何度も目にしてきました。

そういうのを見ると改めて「会社で仕事をしてお金をもらう」という仕組みが「元からあって今後もずっとあるのもではなく、誰かが作っていつかは壊れるもの」という当たり前のことを思い知らされるんですよね。

本来仕事というのは(何度も書いてきましたが)「人の役に立つこと」で成り立っています。「役に立つ」にはふたつ意味合いがあって「誰にでもできることだけど、誰かにやってもらったほうが楽なこと(委託)」と「誰にでもできないので、できる人にやってもらうこと(依頼)」じゃないかな、と個人的に思っています。

その話はやや本記事の趣旨から逸れるので割愛しますが、どちらにしても「仕事とは人の役に立つことである」というのは間違いないと思われます(役に立ってないけど仕事として存在しているものも世の中にはたくさんあるのですが……)。

逆に言えば「人の役に立つことは仕事として成り立つ」と言えるのですが……実際には必ずしもそうではありません。

例えばあなたがPCの操作で分からないことがあったとしましょう。知り合いに聞いたらその解決方法を教えてくれました。これは仕事でしょうか?

お礼としてご飯をご馳走したりすることくらいはあるかもしれませんが、一般的には仕事ではないですよね。もっと極端な例で言えば、ボランティアとか(田舎ではよくある)用水路のドブ掃除とか、そういうのは役に立っているけど仕事にはなりません(=お金にならない)。

仕事にするには「仕組み」が必要です。

PCの操作が分からないとき、買ったお店で聞けば無償で教えてくれるかもしれませんが、それはそこでPCを買ったからです。または「次も買って欲しいから」ですね。

本で勉強しようと思えば本を買いますし、PCスクールなどで聞こうと思えば、そこに通う必要があります。

ところが20年ほど前から、それが変わってきました。

ネットの世界ではあらゆるものが無料になっていく

インターネットの登場です。

ネットでググるという言葉がありますが、ほとんどの情報はネットに転がっており、お金をかけることなく情報を仕入れることができるようになりました。特にネット黎明期では「無料であることが当たり前」で、情報を売るという仕組みはほとんどなかったように思われます。

それはあくまでも「課金の仕組みがなかったから」であり、それらが整ってきた最近では有料のものも増えてきましたよね。それでもネットには無料のものがまだまだ多く存在しています。

ここTEXT FIELDだって読むのにお金は掛かりませんし、多くのWebサイトも同様です。当サイトは別としても、大手のメディア企業がどうやって無料で記事を公開できているのかと言えば、それは「広告収入」ですよね。

ネットの良いところは「一度公開してしまえば、ずっとその記事が読まれる可能性がある」という点です。少し小説の話に戻しましょう。

小説を誰かに読んでもらろうと思ったら、昔では「紙に印刷」という方法しかありませんでした。なので書籍という物理的な形で、書き手から読み手へと届けられたわけですが、それは物理的故に「複製にお金がかかる」という欠点もあります。

つまり「本を製本するお金」「本を流通するお金」「本を在庫にするお金」というのがかかってくるというわけですね。

だから物理的な書籍はある程度の価格にしないと儲からないわけですが、デジタルデータでは一度サーバにアップロードしてしまえば、後はサーバ代金くらいで済んでしまいます。Webサイトであればブラウザでいくら読まれようがかかるお金は変わりませんし、電子書籍でも同じことが言えるでしょう(アクセス数が増えればサーバを増強するお金はかかりますけどね)。

だからネット社会では「無料(=広告代)だけでも儲かる仕組み」があるというわけです。そういう部分も、前回触れた「ネットで儲けるのが不愉快」という認識に繋がっているのかもしれません。

第二の収入はネットで稼ぐ

この連載で書いている「Micro Income」とは「ひとつの場所から少ない収入を得る」ということですが、それは基本的にはネットから稼ぐという方法しかないと思われます。ブログにしてもYoutubeなどにしても、それだけで食べていけている人は確かにいますが、それはほんの一部です。

なので大多数の人は、ネット収入を本業にはできないと思っています。だってネットに掛ける時間を考えたら、コンビニでバイトしていた方が儲かりますからね。

ただ最初に書いたように「ネットで活動する」ことを、ただのボランティアでやるのか、それとも仕事としてやるのかという考え方は、とても大切ではないかなぁと思ったりします。

ブログでも週に1,2時間程度、思ったことを日記として適当に書くだけであれば、ただのストレス発散適度にしかなりませんが、私のように「毎日必ず書く」というのはとても大変なことですよね(自分の話で恐縮ですけど)。

またPCの使い方をいちいちスクリーンショットを撮って記事にしたり、バイクのカスタムの様子を写真に撮って記事にしたりという作業も、それをしないときと比べると格段に大変なことだと思います。疲れますしね。

だから私はカクヨムの「ロイヤルティプログラム」には賛成なんですよ。小説を書くというのも大変な作業だと思います。「好きでやってるんでしょ?」と思われるかもしれませんが、仕事だって好きでやっている人はいるでしょう? それも無料でやれということにはならないと思います。

手作りアクセサリだって、マンガだって、アニメーションだって、何でも掛けた労力に対して正当な対価が支払われる社会は、決して悪いものではありません。

まとめ

「会社に勤めること」だけがお金を稼ぐ手段だと思っているから、それ以外の手段でお金を稼ぐことが「けしからん!」となるのではないでしょうか?

でもこれからの世の中って「ひとつの仕事だけで十分やっていける」って人は少なくなってくると思うんですよね。残念なことに格差はもっと拡大すると思います。それを愚痴っているだけでは何も変わりません。

選挙に行ってそれを解消してくれそうな政党に票を投じるのもひとつの手段ですが、自分でできることは色々やってみるのも手だとも思います。「昼は中小企業のサラリーマン、夜は小説家」みたいな人が増える社会になればいいなぁ、と個人的には思っています。

[合わせて読みたいおすすめリンク]