新規小説執筆前に引っかかっている話|『きみとぼくのダンジョン再建記』第75話投稿のお知らせ

小説投稿記カクヨム

こんばんは、しろもじです。

『きみとぼくのダンジョン再建記』第75話「最強にして秘密の最終決戦兵器」をカクヨムに投稿しました。

『きみとぼくのダンジョン再建記』は、最後までほぼ目処がついてきた状態になってきました。

って言っても書き上げたわけではなく「76話以降、最後までの流れが整理できた」というだけですけどね。

「ラブコメもの」は、もうそのまま書いてしまうことにしました。これは特に何かの賞やコンテストに出そうと思っているわけではなく、あくまでも練習的な小説なので「そこまでこだわってどうする?」ってことにようやく気づきました。

で、代わりというわけではないのですが「SFもの」を書き始めました。

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新しい小説で詰まってる

SFと言っても本格的なSFではなく「SFっぽいやつ」です。

かなり設定モリモリにしているんですけど「これ、全部書いたら面白くなくなるんじゃね?」と考え、一応設定は残しつつもライトな感じにしようかなぁ……と思っています(思ってるだけかもしれない)。

物語的には2054年の話なので、今から35年後くらいのストーリですね。

ここは結構悩みどころで、物語の舞台やそれにまつわる技術的なことを考えると、35年でも短い感じです。

35年先はギリギリの設定で、今二十歳の方でも55歳、40歳くらいの方なら75歳のころの話になります。人生100年……は極端でも90年として考えても55歳くらいまでの方ならギリギリ体験できる時代の話です。

あまりにも遠い将来の話だと現実味が沸かないですからね。

問題は「35年でどのくらい生活が変化するのか?」ということです。

逆に今から35年前、つまり1985年辺りのことを考えると、ファミコンはあったのかなぁ……(調べてみたらスーパーマリオの発売年らしい)。

当然、スマホもネットもなかった時代なんで35年経つと凄い進歩している感はあるんですけど、超激的に生活が変わったのか? と言われるとどうなのかな、と。

例えば今の時代でも1985年のような生活をしようと思えばできるわけですよ。

「超劇的に生活が変わる」というのは「もう昔の生活は絶対にできない」というくらい変わることではないかと思うんですよね。

新しい小説では「超劇的に生活が変わっている世界」のことを描く予定なので、今と35年後を想像してみて「35年で足りるのかな?」というのが正直なところ。

でも、レイ・カーツワイル氏の言う「シンギュラリティ(正しくはテクノロジカル・シンギュラリティ)」は2045年くらいだって言うし、まぁそこから9年くらいなら大丈夫かな? と言う感じです。

先程「超劇的に生活が変わる」と書きましたが、人間としての基本的なところは変わっていません。例えば意識がクラウドにアップロードされてたり、サイボーグ人間ばかりになったりとか、そういう世界ではないんです。

それも一瞬考えたんですが、それってあまりにも現在と違いすぎて「夢を見るのには楽しいけれど、物語としては感情移入できない世界なんじゃないのか?」って思ったんですよね。

一部の要素としては、そういうのをチラッと入れていたりもするのですが、あくまでも基本は「有機生命体」としての人間にしておこうと。それじゃないと流石にぶっ飛びすぎではないかというのが、私の結論です。

ただ生活自体は相当変わっている世の中なので、現在とのギャップを面白く書ければなぁとは思っているわけですが、上手くいくかどうかは未定です……。

で、前回の投稿記でお話したように、おおよその設定は終わったので「さて書くかぁ」とキーボードを叩き始めたわけですが、そこで2つほど困ったことに直面しました。

1つ目が「人称はどうするの?」ということです。

『きみとぼくのダンジョン再建記』以前の小説って、結構三人称で書くことが多かったんですよね。

それは単純に「三人称ならば色々なシーンが書きやすいから」ということです。

主人公のいないシーンでも簡単に書くことができるので、物語の進行がとても楽なんですよね。

一人称の場合は、基本的には「主人公が見えている世界しか描けない」というものになりますから、裏で行われていることなどの描写ができなくなり、結果として構成が複雑になりがちです。

最近では一人称と三人称を組み合わせた小説も多く存在していますが、それも検討しながら「どうしたものかな?」と考えているところです。

もうひとつが「プロットはどうする?」という話です。

プロットについては今までも色々考えてきましたが(これとかこれとか、これとか)、今書いている『きみとぼくのダンジョン再建記』が元々即興から始まったこともあって、なかなか結論には至っていません。

補足しておくとプロットは人によりそれぞれだと、私は思っています。

がっつり作り込むのもよし、即興に近い形でもよし。

Web系だと即興に近い(反応を見ながら修正していくような)のが多いように見受けられますよね。

まぁ、自分に合ったものでやればいいということです。

そこで「私に合ってるのはどんなのだろ?」というのがまだ見つかっていないというわけですね。

これが非常に困った問題になっています。

「プロットなしの方が先が読めなくて書いてて楽しい」というのは間違いなく同意できます。

ただ、これまでもそうだったのですが「プロットがない場合」の多くは、後で「あぁ失敗した」と後悔することが多かったのも確かなのです。

ほわーんとした脳内雰囲気で書いてしまうので、後になって「あ、これ書き忘れてた」とか「ここのセリフはこの方がよかったんじゃないか」とか「このエピソード要る?」みたいなのに気づくことが多いんですよね。

ただ一方でガッチガチのプロットを決めるというのも面白い面白くない以前に、とても難しいものです。

なので今回は「はじまり」と「終わり」、それに「何点かの通過点」だけを決めておくというプロットにしてみようかなぁと思っています。

今回の作品は(たぶん)Webには上げず、初めての公募に挑戦しようと思っているので、発表前に最後まで書き上げることになります。

それならば大幅な改稿も可能ですから、そのくらいの方がいいのかなぁと。

後は「パイロット版」を作ってみようかな、とも思っています。

よくアニメとかにはありますし、商業製品などでも「コンセプトアート」みたいなのはありますよね。

商業的なものの場合は「チームメンバーの意思統一」的な意味合いがあるのでしょうが、このパイロット版は「自分での確認」の意味合いが強いですね。

「反応を見たい」というもありますが、まぁWeb小説の場合それは難しいのかも?

とりあえずは『きみとぼくのダンジョン再建記』を早期に書き上げてから、本格的に取り組んでいきたいですね。

なかなか忙しくて大変なんですが、きっと皆様も同じような環境で頑張っていらっしゃると想像していて、それが結構励みになってたりします。

来週も頑張っていきましょう!